AACRpower of one

AACR:1人の患者の力

 AACRの雑誌 CancerTODAYの記事ー「1の力」より

多数の人々よりもむしろ個人に焦点を合わせた臨床試験(治験)は、知識を前進させながら一部の患者を助けることができます。特にゲノム医療と希少がん患者にとっては、N-of-1試験は治療の選択肢を広げる有益なツールとなる可能性があります。

 

著者:スティーブン・オーンズ

 

ケント・ハファー氏は、腫瘍内科医が珍しいアイデアについて説明するために、彼に近づいてきたことを覚えています。それは2013年のことで、ミズーリ州セントピーターズに住む55歳のコンピュータープログラマーであるハファー氏は、そのとき8年間にわたって進行性黒色腫の治療を受けていました。彼の腫瘍内科医は、ハファー氏に臨床試験に参加するよう提案しましたが、この試験は何百人もの患者が参加するものではありませんでした。参加するのは1人の患者、ハファー氏だけでした。

1人の臨床試験は、しばしば「N-of-1トライアル」と呼ばれます(Nは「数字」を表します)。がん研究者は、患者の腫瘍を分析することでがん細胞の変異を特定します。そのゲノムシーケンス検査によって提供される分子情報を活用するために、この「N-of-1トライアル」という研究戦略をますます検討するようになっています。その考えとは、患者がそれらの突然変異を対象とした実験的治療を受け、研究者がデータを収集する間、病気の進行と副作用を監視(Surveillance)するというものです。

ハファー氏の場合、その実験的治療には、6週間ごとに投与される3つ用量の癌ワクチンが含まれていました。この治療について、腫瘍内科医には目標が2つありました。1つ目は、伝統的な臨床試験で成功裏に治療されていた黒色腫の再発を防ぐためにハファー氏の免疫機構を強化できるワクチンを望んでいたことです。そして2つ目は、癌ワクチンに対するハファー氏の反応を研究し、それが他の患者にとって有効なアプローチであるかどうかを調べたかったということです。

■N-of-1への厳しい道のり

ハファー氏はすでにでこぼこした道を行く治療の旅(Patient Journey)を歩んでいました。彼は、左ふくらはぎに疑わしいスポットが発見され、2005年にステージIIIの黒色腫と診断されました。最初の生検と左脚の最初の腫瘍とリンパ節を切除する手術の後、腹部にインターフェロン注射を週3回自己投与し、それを6か月間続けました。これらの努力にもかかわらず、黒色腫は再出現して広がりました。新たな癌性スポットが彼の脚に現れ、CTスキャンで骨盤に新しい腫瘍が成長していることが示されました。次の数年にわたって、彼は腫瘍を除去するためにさらに9回の手術を受け、「一度に7〜8個の腫瘍が切除された」と彼は回想します。彼はまた、片方の脚への動注化学療法も受けました。この場合、高濃度の抗がん剤が片方の肢にのみ投与され、内臓に到達して損傷する前に血流から除去されます。それでも、スキャンは病気がステージIVに進行し、骨盤にさらに広がったことを示しました。 2008年になると腫瘍内科医は彼の病気を切除不能と宣言しました。

同じ年に、セントルイスにあるワシントン大学医学部の腫瘍学者であるジェラルド・リネット博士は、ハファー氏をイピリムマブ(商品名ヤーボイ))の伝統的な第III相臨床試験に登録しました。ハファー氏は、免疫系が過剰に刺激されて肺に軽度の炎症を引き起こしたことから中止するまで、26回イピリムマブの投与を受けました。その結果、彼の腫瘍は完全完解(Complete Response)しました。腫瘍の検出可能な兆候はすべて消失し、治療が終了してほぼ8年経った後もCTスキャンはきれいなままです。

リネット博士は、免疫療法にここまで完全に反応する患者がほとんどいないことから、ハファー氏の何が違うのか知りたいと思ったと言います。そこで2013年に、リネット博士は別の実験的治療についてハファー氏に提案しました。 リネット博士と彼の同僚は、患者自身の腫瘍細胞の変異に基づいて、T細胞にブーストを与えるように設計されたパーソナライズされた癌ワクチンを開発しました。 T細胞は白血球で身体の免疫系の一部であり、感染から身体を保護するのに役立ち、癌と戦うために利用できます。健康な人を感染から守る麻疹や帯状疱疹の予防ワクチンとは異なり、治療用癌ワクチンは、すでに癌にかかっている人の免疫システムを強化することを目的としています。リネット博士は、この癌ワクチンを使用して、ハファー氏の免疫系を非常によく活性化させる分子機構の作用について調べ、さらに強化したいと考えていました。

多くの患者が免疫療法に耐性を示すため、リネット博士はそれに対抗したかったのです。 「人間の免疫システムの理解に基づけば、ハファー氏の腫瘍に対する免疫力も時間とともに減少すると考えました」とリネット博士は言います。博士は、ワクチンは再発を抑えることを助け、研究者が免疫システムが癌に対してどのように機能するのかを理解することを助けると考えていました。

ハファー氏はためらいませんでした。彼はリネット博士にその試験を「やろう」と言いました。

■N-of-1試験の長所と短所

大規模な第III相臨床試験は、米国食品医薬品局(FDA)が特定の患者集団に対して薬を承認するかどうかの決定に必要な証拠を提供します。しかし、ほとんどの試験では平均的な反応が報告されており、理論的には、試験参加者の誰も報告された結果を経験していない可能性があることを意味しています。薬を服用している患者の中には、より長く生き残る人もいます。他の人はより早く死ぬかもしれません。大規模な臨床試験では、個々のがん患者が特定の薬物にどのように反応するかを予測することは不可能です。さらに、臨床試験中に十分な数の患者が反応しなかった場合、研究者はその試験を中止する場合があります。

しかし、専門家は、論文、パネル、およびプレゼンテーションで、1人または少数の患者のみを対象とする個別の臨床研究が、特に希少または治療抵抗性のがんなどの治療法を決定するためのより洞察に富んだ方法であると主張しています。カナダの医師と疫学者のグループは、New England Journal of Medicineに発表した1986年の論文で「N-of-1試験」のアプローチを説明し、個人単位の臨床試験の設計を概説しました。しかし、ベルギーのブリュッセルにある欧州最大の臨床試験ネットワークである「欧州がん研究治療機関(EORTC)」の生物統計学者であるローレンス・コレット博士は、研究者たちは、「N-of-1試験」を堅牢かつ臨床的に幅広い患者集団に適用するためには、まだ長い道のりがあると言います。 「これは非常に実験的であり、統計的に有効なアプローチとは見なされていません」と彼女は警告します。彼女と他の専門家は、より大きなコミュニティに役立てるためには、「N-of-1試験」のデータは標準化された方法で収集され、匿名化され、他のデータとともに保存されなければならないと注意します。

2015年4月、カリフォルニア州ラホーヤにあるJ.クレイグベンター研究所の生物学者ニコラス・ショーク博士がNatureに次のように書いています。「多くの場合、N-of-1試験は、個人のがんにマッチする治療、個別化療法を開発するための正しいツールです。」ショーク博士は、1986年に提案されたようなガイドラインに忠実に「N-of-1試験」が適切に行われた場合、介入に対する患者の反応に関する結果は、大規模な古典的な臨床試験の結果と同様に統計的に有効であると指摘しました。

がん研究者は、「N-of-1試験」の正式化の必要性にますます注意喚起しています。正しく行われた場合、このアプローチは、試験の中心にいる患者だけでなく、より多くの患者を支援する可能性があります。遺伝的変異、診断、治療、反応、生存に関する個人のデータの分析と共有は、研究者が腫瘍生物学をよりよく理解し、人の病気を引き起こす特定の遺伝子変異に基づいて治療を処方するのに役立ちます。

■例外的なレスポンダーの説明

2009年、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの研究者は、転移性膀胱がん患者を対象にエベロリムス(商品名アフィニトール)の第II相試験を開始しました。ほぼすべての患者、試験の終了時に癌の大きさや疾患の進行に関して、明らかな良好な反応をみせませんでした。ほとんどの結果測定で、この試験は失敗しました。

■1人の患者を除く

臨床試験に参加した1人の女性だけは、膀胱がんが完全に消失し、5年生存率が約5%と診断されていたにもかかわらず、6年経ってもまだ癌再発の徴候を示しませんでした。彼女は、研究者が例外的なレスポンダーと呼んでいる例です。この患者は、治療に対する独特の反応をみせ、同じ治療を受けていた同じ膀胱がんの他の患者とは著しく異なりました。

「例外的な反応を示した患者からこの腫瘍の生物学について学ぶことができます」とニューヨーク市のメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの計算生物学者バリー・テイラー博士は言います。彼と彼の同僚は、例外的なレスポンダー患者の腫瘍のゲノム配列を解析しました。つまり、彼らはその患者のがんのDNAを解析し、マッピングすることで素晴らしい反応をみせた遺伝子変異を特定しようとしました。証拠を探している探偵のように、研究者は、患者の異常に成功した、その完全完解を理解するのに役立つ突然変異を探しました。

編集注:計算生物学(Computational Biology)は、生物学の問題の解決に計算機科学、応用数学、統計学の手法を応用する学際研究分野。次のような生物学の下位領域が含まれる。 バイオインフォマティクス、 DNA、RNA、タンパク質配列などから成る大規模なデータセットの調査にアルゴリズムや統計的手法を応用する(Source: Wikipedia)

彼らはまず、患者の腫瘍遺伝子にある潜在的に関与する17,136の変異を特定し、そのリストから140の遺伝子変異に絞り込み、最後に2つの変異に絞り込みました。彼らは96人の膀胱癌患者でこれらの2つの変異を検索し、最終的にTSC1遺伝子の変異に焦点を絞りました。この分析により、例外的なレスポンダーと同じTSC1遺伝子に変異がある患者は、エベロリムス(商品名アフィニトール)によく反応する可能性があるという仮説を立てました。彼らは、エベロリムスの臨床試験に参加した別のグループの13人の膀胱癌患者でその仮説を検証し、TSC1変異を有する患者は再発までの時間が長いことを発見しました。しかし、残念ながら同じような劇的な回復はどの患者にもみられませんでした。調査結果は2012年にScienceに掲載されました。

■N-of-1を超えて

今年の初めに、2つの独立した研究グループが、National Cancer Institute(NCI)のジャーナルの同じ号で、2人の別々の患者の成功した治療法を開発するために遺伝子配列を使用した方法を報告しました。それぞれに類似した遺伝子変異がありましたが、異なる種類の癌でした。 2013年にJournal of Clinical Investigationで発表された解説では、ニューヨーク市のメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの研究者A.ローズ・ブランノン博士と腫瘍学者チャールズ・ソーヤーズ博士が致死的な前立腺がんに関連する遺伝子変異を特定するために患者の腫瘍をどのように使用したかを説明しました。チャールズソーヤーズ博士は、米国癌研究協会(AACR)の元会長です。

去年の夏、ソルトレイクシティで開催されたAACRプレシジョン・メディシンの会議で、ゲノミクス研究者たちは、希少疾患または再発疾患の小児患者でこのアプローチを使用する方法を解説しました。また、2014年11月にecancermedicalscienceで発表された研究では、フィラデルフィアのペンシルバニア大学のアブラムソンがんセンターの腫瘍内科医アルトゥーロ・ロイザ・ボニージャ博士と彼の同僚が、分子標的薬の二重治療に最初に反応した、肺と骨に転移のあるIV期肝がんの女性のケースを報告しました。研究者は、患者の肝がんのゲノムプロファイルを考慮し、腫瘍の遺伝子変異の1つを標的とする薬を使用することで、薬の作用を遺伝子変異にマッチさせる治療戦略を考案しました。患者は死亡したとロイザ・ボニージャ博士は報告しましたが、彼はその治療が有益だったと考えています。 「患者は、このアプローチを通じて1年半以上も家族と一緒にいる時間を得ることができました。それは驚くべき反応でした」と彼は言います。

現時点では、希少がんの患者は「N-of-1試験」アプローチの恩恵を受ける可能性が最も高くなりますが、他のプロジェクトでもこの個別化治療の適用範囲が拡大しています。 2014年、National Cancer Institute(NCI)は、たとえば初期臨床試験ではほとんど効果がなかった薬物に反応した患者から腫瘍組織を収集する、Exceptional Responders Initiative(ERI)を発表しました。例外的なレスポンダーに関するこの研究は、2015年に開始されたがんの診断と治療に遺伝情報を使用することを目的とするPrecision Medicine Initiative(PMI)と呼ばれる、より広範なNCIの取り組みの一部です。

NCI-MATCH(治療法の分子分析:Molecular Analysis for Therapy CHoice)トライアルと呼ばれる別のプロジェクトでは、標準治療後に疾患が進行した場合、がん遺伝子変異の解析情報を使用して患者を他の治療に適合させます。この NCI-MATCHは、希少または治療抵抗性のがん患者に新しい治療法を提供します。 2015年8月にがん患者の登録を開始し、「バスケット」試験と呼ばれるアプローチを使用しています。試験に登録した患者は、腫瘍の配列が決定され、腫瘍の遺伝子変異に基づいて治療グループまたはバスケットに割り当てられます。治療には、FDAによって承認された医薬品が含まれ、その一部は適応外で使用される場合があります。患者のがん種にはFDA承認されていないが他のがんで使われていて、用量がわかっている治験薬も含まれます。

■より広い使用への障害

このようなプロジェクトや腫瘍の遺伝子配列決定における最近の進歩にもかかわらず、「N-of-1試験」やその他の小規模なプレシジョンメディシンの取り組みが一般的になるには、まだ多くのハードルが残っています。

セントルイスのワシントン大学の癌研究者であり、ハファー氏のワクチン治療臨床試験の設計を支援したチームの一員であるエレイン・マルディス博士は、今日の多くの医師は最近のゲノム医療の進歩やこの種の臨床試験を通して患者が受けられる治療の機会さえも知らないと言います。「多くの腫瘍内科医は、特に10年以上前に職業訓練を受け、認定されている場合、臨床現場でゲノム医療ができることとできないことについて、よく理解していない場合がある」と彼女は注意します。

さらに、腫瘍の遺伝子配列決定の利点は小規模の試験でのみ示されており、このアプローチが患者の寿命を延ばすことができることを実証するためには大規模な試験が必要となります。そのため、2016年時点では、(特定の分子標的薬を使うために行われるコンパニオン診断をのぞいては)コストがかかる大規模ながん遺伝子パネル検査は、ほとんどの保険会社や65歳以上が加入するメディケアではカバーされていませんが、この状況が変化する可能性があります。

編集注:CMS(メディケアとメディケイド)は、2017年11月30日のFDAによるFoundationOne CDx (F1CDx™) 検査の承認を受けて、.2018年3月にFoundationOneCDxがん遺伝子パネル検査を保険償還すると発表しました。

2016年1月、フィラデルフィアに本拠を置くIndependence Blue Cross健康保険会社は、一部のがん患者の遺伝子パネル検査をカバーすると発表しました。多くの保険会社は、BRCA1またはBRCA2遺伝子の突然変異のキャリアの場合のように、がんの家族歴を持つ人々の遺伝子検査のコストはすでにカバーしています。

編集注:米国の65歳以上を対象としたメディケアと低所得者を対象としたメディケイドを提供する公的健康保険会社The Centers for Medicare & Medicaid Services (CMS)は、FoundationOne CDxとMSK-Impactがん遺伝子パネル検査を2018年3月16日付で医療保険給付金の対象にすると発表しました。

保険会社が遺伝子パネル検査をカバーしない場合、患者が自己負担で支払うか、医療施設が費用を負担します。メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターでは、再発がん患者の大多数が腫瘍の遺伝子パネル検査を受けています。がんセンターは、慈善寄付と制度基金を通じてこのがん遺伝子パネル検査が受けられるよう多くの患者を助成しています。ワシントン大学では、ハファー氏の遺伝子検査は医療センターへの慈善寄付で賄われていたため、彼は治療費を支払う必要はありませんでした。

編集注:がん遺伝子パネル検査が受けられない膵臓がん患者を対象として、米国パンキャン本部は、無償で膵臓がん患者ががん遺伝子パネル検査を受けられるよう、Know Your Tumor(あなたのがんを知ろう:KYT)プロジェクトをスタートしました。KYTプロジェクトを通して、2019年12月までに2000人以上の膵臓がん患者が遺伝子検査を受けることができました。

ハファー氏は、カスタマイズされた試験に参加できたことを幸運だと感じています。 2015年5月、リネット博士、マルディス博士およびその同僚は、ハファー氏と一緒に個別のワクチンを受けた他の2人の黒色腫患者が強い免疫反応の兆候を示したとScienceで報告しました。他の2人はいくらか黒色腫が残っていましたが、安定したままでした。

ハファー氏は、黒色腫と最初に診断されたとき、治療の選択肢は限られていたと言います。今、彼は言います。「できることはたくさんあります。これを少し、あれを少しと試してみてください。研究者らは特別に私のために癌ワクチンを作ってくれています。それ以上の良い治療を受けることはできません。」

編集注:スティーブンオーンズ氏は、Cancer Todayのナッシュビルに拠点を置く寄稿者です。

2016年3月23日

記事ここまで。
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米国パンキャン本部の代表ジュリーフレッシュマン氏もNPO法人パンキャンジャパンの眞島喜幸氏も共に、米国癌学会AACR Cancer TODAYの編集諮問委員です。この記事は、編集諮問委員の提案により執筆されました。

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米国パンキャン本部では、Know Your Tumorプロジェクトを通して、パネル検査が受けられない膵臓がん患者に無償でF1CDxなどの検査を提供してきました。いままでに2000症例以上の検体を集め、その遺伝子解析を行い、膵臓がんに多くみられる遺伝子変異を調べてきました。詳しくはASCOレポートを参照ください。https://bit.ly/2CH6jmJ

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