Survivor Stories

サバイバーストーリー:林 正男(ステージ4a)

 

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重粒子線治療体験記『重粒子線治療ですい臓がんを狙い撃つ』

2012 年の 4 月に近くの大学病院で、膵臓がんの宣告を受けました。家族の事で今後やらなければいけない事があると思い、、標準治療を行った場合の余命を医師に尋ねると、半年か 1 年と言う返事でした。当然、絶望感を味わったわけですがその当時の私を支配していた感情は強い怒りでした。人に何の断りもなく絶望の淵に突き落とす膵臓癌に対して、自分の病状が今後どう変化するにしても まず、一撃を与えないことには気が済まないと言う 強い思いがありました。。。探していてたどり着いたのが重粒子線治療でした。

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サバイバーストーリー:的場 直子

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米国でのCAPTEM治療体験記(Revised 9.8.14)

私が初めてCAPTEMという治療薬の名前を耳にしたのは、もう6年以上も前になる2008年の春頃だったと思います。厳密に言うと、当時はCAPTEMという言葉は使われておらず「ゼローダとテモダールの併用治療」とだけ呼ばれていました。

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サバイバーストーリー:さくら

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三年前の今日5月30日、私は神経内分泌腫瘍で膵頭十二指腸切除術を受けました。

結婚して一年、子供が産まれて一月経った位から、下痢や嘔吐・すさまじい胃痛に時々襲われました。
夜間救急に駆け込んだり、近くの内科でもみてもらいましたが、とりあえず胃腸炎という感じでした。

 

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サバイバーストーリー:木下義高(アップデート)

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ペットボトルの水を一気に飲み干すほど異様に喉が渇く、ひどいこむら返りが頻繁に起きる。境界型の糖尿病予備軍でもあった私は、かかりつけの病院で血糖値を測ると360mg/dLを越えていた。これは膵臓がんに違いないと、そのとき確信しました。で、まずは闘病記ブログを書き始めたのです。膵臓がんなら助からないだろうから、遺言代わりにブログを残しておこうという、なんとも手回しの良いことです。

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サバイバーストーリー:ハマリョウ

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振り返れば、丁度4年前の11月、健康診断で膵臓に異常が見つかり、「悪性では無いが手術が必要」と言うことで、2010年2月4日に7時間半におよぶ手術を受けました。実は手術前日、膵尾部の腫瘍は80~90%の確率で悪性と告げられ、半信半疑で手術を受けた覚えがあります。

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サバイバーストーリー:落合誠一(ステージ4)

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私は2002年春、単身赴任先にて膵臓がんを告知されました。

当時はバリバリと仕事をしておりましたので、自分が「がん」になったとは信じられない思いで、頭の中が真っ白となり激しいショックを受けました。その時の主治医は、治療方針について言葉を濁すばかりでした。最初の医師の態度に不安を感じながらも、職場に休職届けを提出し自宅近くの病院へ転院しましたが、その病院でも主治医は余命を宣告して治療を引き受けてくれませんでした。

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サバイバーストーリー:木下義高

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 膵体尾部を切除してから6年になろうとしている。

いま振り返ると、何度かの転機があった。のどが激しく渇き、足がこむら返りを起こす。血糖値を測ったら急激に上がっていた。

ここで膵臓がんを疑うかどうかが、早期発見の明暗を分けることになった。

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膵臓がん National Advocacy Day

膵臓がんになった多くの方が、今、真摯に自分の治療に向き合っています。

 生存率を向上させ、治る病気にするためには、 

  あきらめず、これに力を与え、  

希望をつくり、良いアウトカムをもたらすことが必要です

治るがんにしていくために、多くの力が必要です。多くの関係者が生存率向上に立ち向かっています

今、あなたの力が必要です

膵臓がんをあきらめないために

あなたもこのアドボカシー活動に加わってください

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